自由に働いて稼ぐための、これからの指針

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新しい働き方に必要なのは目標であって、資格ではない理由。

僕が中小企業診断士という資格を取ろうと決めたのは、社畜サラリーマン時代のことでした。

最近では月80時間の残業が過労死ラインらしいですが、当時の残業時間は100時間を軽く超えていました。それでも派遣先企業の手間「もっと残業してもらわないと困るなぁ」と言われる労働環境でした。正直「環境」などというのも違和感があるくらいですね。

さっさと辞めて独立すればよかったのですが、何の目処もなく周りにそういう知人もいなかった僕にとって、独立なんてとんでもない絵空事のように思えていました。そこで僕は、とりあえず資格を取ることにしたのです。資格を取れば何か変わるかもしれない。

しかし、あまり簡単な資格では意味がないですし、かと言って弁護士や税理士のように何年もかかる資格では、社畜生活に耐えられる自信がない。ITストラテジストも考えたのですが、そもそも社畜ITエンジニアとして苦しんでいるのに、さらにIT業界にのめり込むということに抵抗を感じてしまいます。

そんな僕にとって「ちょうどいい難易度」「ちょうどいい立ち位置」のように思えたのが、中小企業診断士という資格でした。

結論から言うと、なんとか1年で合格し、ちょうどたまたま発生した顧客クレームの勢いを利用して、脱サラ・独立することになります。

情けない話ですが正直なところ、初めてサラリーマンという枠組みから外れたときの不安感というものはとても重く、心の深い部分にのしかかります。それでもそういう環境に放り出されてしまえば、目の前のことから何とかしていくしかありません。まずは稼いで、家族を養わなければなりません。

死に物狂いで働いて、考えて、また働いて、うまいやり方を模索して、失敗して、また考えて、働いて……なんとか独立したままやっていけました。最悪の場合「社畜サラリーマンに戻ればいいや」という考えもあったわけですが、そういう事態にならなかったのは運の良さもあったのでしょう。

ただ結果論ではありますが、振り返ってみて言えることがあります。まず、とりあえず目標を立てるということ。そして、別に資格なんて要らないということ。独立前に残業しながら悶々としていた頃の自分に言いたいのは、この2点に集約されます。

とりあえず目標を立てよう

ロゴセラピーという心理療法を確立した『夜と霧』の著者、ヴィクトール・フランクルはこう言っていました。

「人間にとって、理想や目標を持つことは不可欠だ。目標なしでは死んでしまうか、自己破滅的な行動に陥る」

代表的名著:夜と霧

僕の話をすれば、あのまま社畜サラリーマンを続けていれば、体か心を壊していたか、もしくは上司と暴力沙汰にでもなっていたでしょう。上司について書くとキリがないのでやめておきます。弱きを酷使し強きになびく、ブラック企業にはびこる典型です。

そんな状況下でも壊れることなく、自己破滅にも陥らなかったのは、目標があったからだと断言できます。資格と取ろうと決意してからも上司と1年ほどの付き合いはあったわけですが、目標があったからこそ耐えられました。理不尽なことを言われながら、特に目を見て相手にするでもなく考えていたのは、資格の勉強内容でした。

目標を持つことで、頭の中はそれに支配されます。それがなければ社畜労働環境で、糸口さえない解決策を考え、諦め、また考え、そのうち愚痴に変わり、また諦めるという無限ループに陥っていたことでしょう。その業界で鬱病になる人は少なくありません。事実、周りにも何人かいました。

その目標が、意識的に自分で決めたものであれば、無意識下から自分を導いてくれるエネルギー源となります。少し観点的になってしまいそうなので、逆を考えてみましょう。

目標が意識的なものでないと、すでにある現実を再生することになります。それは昔の僕の場合、「社畜サラリーマンとして家族を養っていく」という現実でした。そこでどんな理不尽を被ろうとも、生きていくには仕方ない。他のサラリーマンだって頑張っているんだ。そうして、日々の繰り返しそれ自体に努力をすることになります。

また自分で決めた目標がないと、他人に使われる人になります。周囲の動きにただ同調するだけになります。それは「和を以て貴しとなす」日本の美徳のように思われがちですが、そんなことはありません。黙って言われたことをしていればよかったのは、戦時中か戦後のような特殊環境下の話です。ブラック企業の構成員はまさにそんなことを引き合いに、「困るなぁ」などというセリフを吐きます。それこそ彼らには、ブラック企業を回し続けるための「コマ」を使うという「目的」があります。それに対抗するには、自分で目標を決めるしかないでしょう。

僕の場合「資格を取る」という目標を自分で定め、それが拠り所となり、状況を変えていきました。しかし、その目標の内容が適切だったかと言えば、そうでもありません。

別に資格なんて要らない

独立するとは言っても、何をすればいいのかわからない。独立できるようなスキルを積んでから、独立しよう。それまではサラリーマンを続けよう。納得はいかないけど、我慢我慢。

こんな風に思われる人は多いのではないでしょうか。僕がまさにそうでした。そしてその状況を打開するために選んだ手段が、「資格取得」でした。

矢野経済研究所の教育産業市場に関する調査(2017年)によれば、2016年度「資格取得学校市場は前年度比1.1%像の1,900億円」とされます。こんなデータからも、資格という手段を選ぶ人は多く存在するはずです。

しかし、です。僕自信のことを棚に上げて言いますが、独立するため資格はきっかけにはなるでしょうが、それ自体を目標にするのは得策ではありません。

率直に言えば、独立したようでいて、実際は社畜サラリーマンと同じ働き方になるからです。

資格というのは、ある意味で「ラベル」です。それはある分野での、それなりの知識習得を証明するものです。そのラベルをそのまま前面に押し出し、それを利用して独立開業したら、どうなるでしょうか。

中小企業診断士の話をすれば、「ああ、中小企業診断士の人ね」というようになります。あまりメジャーな資格ではないので説明しますと、一般的には補助金の書類を書いてくれる人、制度の書類を書いてくれる人、商工会議所で相談員をしている人、というイメージです。

ちょっと「中小企業診断士」で検索してみるとわかりますが、さすがにそれでは割のいい仕事にならないので、いろいろと言葉を変えて「儲かる仕組みをつくります」とか「地域活性化」とか言っています。その模索っぷりがまた、社畜サラリーマン、いやそれ以上に不安定な状況であることを証明しています。

僕はそのうち、「中小企業診断士」を名乗るのをやめました。あれほどまでに頑張って取った資格を、使わないことにしたのです。そしてそれは逆に、周囲の評価を高めました。
「勇気がある!」
「差別化ですね!」
そんなことを言われるようになりました。

資格とは一体、何だったのでしょうか。ここまで来ると虚しくもなります。

僕の場合、資格が新しい働き方へのきっかけであったことは否定できません。しかし、資格取得に費やした1500時間という時間を、もっと本質的な働き方の検討に費やしていれば……という淡い後悔が、ずっと心の中にくすぶっています。

もちろんこれは、結果論に過ぎません。しかし、死んだような顔をして資格学校に通う人を見るにつけ、市場推定1,900億円に寄与しているそんな真面目な人に、僕が経験して得たこの事実を知ってもらいたい。もっと効率的に世界を変えられるという事実を知ってもらいたい。そんな気持ちが、確かにあります。

何にせよ、目標を持たなければ、昨日と同じ今日を歩むだけです。それは自分で選んだ道なのか? 資格を取るのであれば、それは本当に最善の手段なのか? 資格を取った後の目標は何なのか? 僕が会う、似たような状況の人にはこういう話をします。

これを読んだあなたがどんなことを考えるか、それはもちろん状況次第ではあります。ただ、世の風習や空論だけの「働き方改革」が叫ばれる昨今、こんな考え方もあるんだということを、どうか知っておいてほしいと思います。あなたに限らず、周囲の大切な人のためにも。

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